ともろーのプロフィール

プロフィール

お前誰?何してんの?

1984年兵庫県生まれの独身女子です。

これを書いている2019年1月現在はトレーダーの卵でその他特に何もせず割と暇人です

 

 

料理に目覚めた幼少期

 

幼稚園の頃は人見知りが激しくて1年間は登園できず。トイレに行くのが怖くて、昼でも夜でも漏らしまくりの泣きわめいていた4歳児。

小学校低学年のころから料理に目覚め、祖母に教わりいろんなものを作りまくっていたので家庭科の成績は1番。(ちなみに母は料理のセンスなし。弁当は茶色いし、母のつくるカレーがレトルトばっかりだった為、カレーが手作りできるものなんて知らずにしばらく育つ。)

中学時代の部活は剣道と茶道。棒だけを振り回していたので球技は大の苦手。バスケのドリブルがキモ過ぎて爆笑されたことも。走るのだけ得意。その他の運動神経は基本なし。 勉強はいたってまじめにやってました。

 

初のエロ体験に戸惑いしかなかった高校時代

高校では入学して茶髪にしたりルーズソックス履いたりJKをエンジョイ。いろんな人に告白されて、「もしかして私かわいいのかも」と調子に乗る。

手当たり次第付き合ってみるも、根は恥ずかしがりの根暗野郎なので、異性との付き合い方わからず、2週間~3か月しか続かず。

高2、初めてのエロな体験を試みるも「こんなに足を開くなんてどうかしてる無理」と思い、以後、高校生活でそっち系は皆無。卒業前に、1人暮らし資金調達のため近所にあったキャバクラで働きだす。

 

式場のキャンセル料は高かった。婚約破棄事件

 

地元の女子大に指定校推薦で入学するも授業が難しくてついて行けず1年で退学。

高校時代からのキャバクラバイトが思いのほか楽しく毎日飲み会、無料酒の感覚だった。楽しんでやっていたからか、ちゃっかりNo.1になってたこともあり。

大学を辞めたので、ひとまず気になる職業に手当たり次第チャレンジしてみる。

経験職種はこちら↓

暇だったので職歴を数えてみたら50ありました

 

20歳からセレクトショップで働きだし店長になる。翌年名古屋に店舗を出すため転属になる。これがきっかけで3年間続けたキャバクラを辞める。しかし名古屋で店の責任者ともめて、名古屋入り3か月で退社する。

その後働いた職場の同僚と婚約するもいろんな事情があり直前で婚約破棄。式場キャンセル料を運十万払う

 

人生の迷走期・留学後の行く末が見えない!!

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結婚騒動でバタバタするも24歳を迎え、昔からあこがれていた語学留学を「今やらなきゃ後悔する」と思い留学することを決意。4か月で120万貯めて25歳でフィリピン、アメリカ、オーストラリアに留学。

ほぼ初海外でいろいろな価値観に出会う。自分には海外があっていると肌で感じる。

この頃に行ったこともないのに、漠然と「将来ハワイで生活したいな」と思う。

留学は素晴らしかったが留学後のビジョンが全くなかったため、帰国した26歳で人生初めての迷走に突入。やっべ何すっかな。そこで初めて、自分はいったい何がやりたいのかを考えてみる。

そこで料理が大好きだったことを思い出し、ひとまず料理人になろうと小料理屋で働いてみる。しかしあれやこれやと指図され、食器洗いなどの雑務に耐えれずやめる。じゃぁ次は「英語使えるかもだし」とのことで某旅行会社で勤務をしだす。しかし、「旅行に行くのはいいが、他人の旅行とかマジ興味ねぇ」と思い辞める。

次は「会社の金で海外に行きたい」と思い、そのたぐいのものばかり面接を受ける。すると中国駐在のアパレルバイヤーの仕事がすぐに決まる。単身、中国広州に。中国語はマジでニーハオしか知らないレベル。向こうで必死に勉強。1年弱耐えるも会社がブラック過ぎて、巻き込み事故に合うのが怖くて逃げ帰国する。

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広州在住の際、遊びでよく行っていた香港にはまり、都会は嫌いだが、もしかしたら東京も香港ばりに楽しい街かもと思いつき上京する

 

内省しまくった東京砂漠から現在

 

上京するも自分には企業に属することが向いていない、とわかっていたので個人事業主になる決意。初めて誘われたネットワークビジネスに手を出すも借金だけが膨らむ。

たまたま知り合った社長さんが海外金融の仕事をしていて誘ってもらう。ここでネットワークを辞め、金融の勉強を始める。しかしこれは完全歩合制だったため、経費ばかりがかさみ、金銭的に困窮に陥る。半年間ほぼ無収入だったため破産(リアルなやつ)。毎日借金のことで頭がいっぱい。おかぁさん助けて!!

しかし半年たったころから結果が出だす。周りは年収1000万円超えプレーヤーばかりでお金をバンバン使うことの楽しさも知る。このころから勉強会を主催したりセミナー講師を務める。並行して勉強もかねて生保に入社する。

そして東京生活も3年経とうとした頃、わたしの本来の生きたい生き方は何だったか見つめなおす。“自然と接して、半自給自足の生活を送る”を目指しているのにお金と密接に関わりすぎて、そのギャップに耐えられなくなる。そんな時に「田舎フリーランス養成講座」の存在を知る。32歳で勢いで会社を退社し、養成講座を受講後、そのまま千葉県金谷に移住。金谷ではパラレルワーカーとしていろいろな仕事をし今までにない充実した人生を送る。現在はトレーダーの卵で日々勉強中です

 

田舎フリーランス養成講座サイト内で私の事を紹介していただいてます

壮絶な人生を歩んだ私は「田舎フリーランス養成講座」に参加して、好きなことを「ナリワイ」にして暮らしている

他にも移住者としてインタビューを受けた記事はこちら

【やりたい事をして暮らす】田舎移住で拓けた女性パラレルワーカーとしての生き方

 

 

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